夢を見た

戦国basara/真田主従。現代転生妄想ネタ走り書き。

男はくるりと振り向き、ただでさえ切れ長の目を更に細めると、さも嬉しげに笑った。
「道行きに、不足はないでしょ?」



ぱちりと音がしそうな勢いで目を開けた幸村は、体を横たえたまま、暫くの間ぽかんと虚空を見上げていた。
視界いっぱいに広がるのは薄暗く浮かび上がる白。そこに映り込んだ光の帯が眩しい。
きちんと閉めきられていない遮光カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいるのだ。
どこにでもある、ありふれた天井だった。
よく見慣れた、飾り気のひとつもないその天井の中央に居座るこれまたいたってシンプルな照明の電球を、
そう言えば先日LEDに取り換えていた。
やや高めの温度設定にしてあったからなのか、冷房が効いている割には肌にまとわりつく空気が生温く感じられる。
少し、暑い。

と、そこまでぼんやりと思考を巡らせてからようやく幸村の意識は現実に引き戻された。
ここは毎日のように入り浸っている友人(と呼ぶにはどうにも違和感があるが恐らく概ねそのような存在)の部屋で、
自分が今横たわっているのはこの部屋にひとつきりのベッドだ。
そうやって当たり前の事実をひとつひとつ確認しながら、幸村はのそりと身を起こした。
壁の時計を見ると、短針が6と7の中間辺りを指している。
日の出が早い夏場なので外はもう明るいが、まだそれほど遅い時間ではないようだ。
そのまま視線を下にずらしていくと、壁に沿うように置かれたソファーが目に入る。
そこには、部屋の主であるはずの男がタオルケットを被って寝入っていた。
押しかけている客の分際で自分がベッドを借りるのはあまりに申し訳ないと言って
幸村は幾度も遠慮しようとしたのだが、
「そんな事させたら逆に気を遣うし精神的に落ち着かなくてしんどいのでどうかベッドを使って下さい」と
当の住人自身に拝み倒されては仕方がない。
多少狭いが一緒に寝るか、との提案もあっさり却下され、以来幸村は大人しくベッドを借りていた。
その男の名を、佐助という。
「そうだ」
ぽつりと無意識のうちに声が漏れた。
そうだ、夢を見ていたのだ。
それは懐かしいと表現するにはあまりに重く悲しい、しかし何より胸を熱くさせる遥かな過去の記憶だった。
(……いや、しかしあれをはたして記憶と呼んで良いものか)
幸村はひとつ大きく伸びをして、固まっていた筋肉を軽く解した。
そのままベッドから降りて、特に音を忍ばせるでもなく無造作な足取りでソファーへと近づいていく。
(なにせあの時、俺は既に死んでいたのだからな)



夢に見た記憶は、一応幸村にとって「過去の記憶」の一番最後のものだと認識されている。
あの時自分は確かに戦場で討ち取られた。
氷のように冷たく、それでいて炎を固めたように熱い刃の感触を確かに肌で感じた。
痛みを感じる暇は、幸いにもなかったように思う。
そこで一度意識がふつりと途切れ、次に目を開けると、幸村は見た事もない場所に一人立ち尽くしていたのだ。
何色とも表現しがたい不思議な色合いの空の下、白く平坦な地面には四季折々のあらゆる草木が共に並び咲き、
どこまで続いているのだか見当もつかない長い小川が地平線の先まで伸びていた。
どこか不自然な静寂の中、小川をちらちらと流れていく桜の花びらと黄色く色付いた銀杏の葉を何気なく目で追っていったその先に、
酷く懐かしい姿を見つけて、幸村は思わず声を上げた。
「……佐助?」
問いかけた声はさして大きくはなかった。だが、その声はしんと張り詰めた水面に投げた小石が波紋を広げるように
無音の世界に響き渡っていく。
広がった小さな音の波に気づいて、川縁に佇んでいた男が俯かせていた顔を上げた。
それは、数年前の戦の最中に命を落とした腹心。
忍隊を率いて幸村を陰に日向に支え続けた猿飛佐助だった。
久しく目にしていなかったとはいえ見間違えるはずのないその姿を前に呆然と立ち竦む幸村に、
ゆるりと顔を向けた佐助はどこか困ったように笑いかけた。
「ちょっと旦那、来るの早すぎだろ」

そこでようやく幸村は理解したのだ。ここが「あの世」というものか、と。

「そんなに早かったか」
「ああ早いね。せっかく俺様が命懸けで守ったってのに、なんだよ。あと五十年くらい粘れよな」
「そう言うな。これも定めというものだろう」
「ちょっと諦め良すぎるんじゃないの?潔いけどやたら粘り強いって評判の真田の旦那ともあろう者が、らしくねえ」
佐助は不満げに眉間にしわを寄せる。
死に別れて以来久方ぶりの邂逅だと言うのに感動の再開という雰囲気もなく、
毎日のように顔を合わせていた頃と全く変わりない軽い口ぶりで交わされる言葉が何やらおかしくて、
幸村は目元を緩めた。
「許せ。目の前でお前に死なれては、それまでと何も変わらぬままとはいかんでな」
「――そっか、そりゃ何て言うか。……申し訳ありません」
幸村の言葉に一瞬目を見張り、そしてすっと表情を消して視線を逸らしたその仕草が懐かしい。
昔も、こんな姿を幾度か目にしたものだ。
「決して責めているのではないぞ」
改めて言う必要もないとは思いつつ一応そう口にすると、
「わかってるよ」と明後日の方を向いたまま返してくるので、幸村は笑みを深めた。

「さて、これからどうすればよいものか」
改めて周囲を見渡してみた幸村だが、特に何をどうせよという指示が天から降ってくるでもなく、
相変わらず幸村と佐助の声以外の音は一切聞こえてこない。
そういえば目の前に小川が流れているというのに、当然聞こえてくるべきせせらぎは
注意深く聞き取ろうとしても全く聞こえてこない。
さらさらと涼やかな音が響いてきて当然であるようなその澄んだ流れは、ひたすらに沈黙を守っている。
(不可思議ではあるが、死後の世界に今更不思議も何もないだろう)
幸村はあっさりと開き直った。
そして、取り合えず佐助の傍らまで歩み寄る。
「旦那を待ってる間色んな人が通り過ぎてったよ。皆――ほら」
幸村が傍らに立つと、それを待っていたかのように佐助がすっと腕を上げ、小川の流れ行く地平の先を指差した。
「あっちの方に歩いていった。だから何となく、あっちに行けばいいんじゃないかと思うけど」
幸村は指された先に目を凝らしてみたが、そこにはただ地平線が広がるばかりだ。
「そうか。果てが見えんな」
「そうだねえ」
「歩いて行くのか」
ややうんざりした心持でそう呟くと、自然と声が低くなった。
その不貞腐れた子供のような声音に佐助が笑う。
「それしかないでしょ。まあいいじゃないの、のんびり行こうぜ旦那」
そう言って佐助は掌でぽんと幸村の背を叩くと、先程自ら指差した方へと足を踏み出した。
頭の後ろで手を組み、軽い足取りで先を歩くその後ろ姿は、まるでうららかな春の上田で散歩でもしているかのようだ。
「どこまで行けばいいのかわかんないけどね。でも、俺様がどこまでだってお供しますから」
歩調そのままの軽やかさでそう言い切ると、佐助はくるりと振り向き、
ただでさえ切れ長の目を更に細めると、さも嬉しげに笑った。
「道行に、不足はないでしょ?」



この記憶は、実際に現世で起こった出来事ではない。
死ぬ間際の自分が思い描いた妄想や願望の類であったのかもしれない。
(……だが)
幸村はソファーの横にべたりと座り込み、眠る佐助の頬に無遠慮に触れた。
「佐助」
「何?」
声をかけると、目は閉じたままであるもののしっかりとした声で応えが返る。
この男の事だ、おそらく自分が目を覚ました時の僅かな気配の揺れですでに目を覚ましていたに違いない。
そうでないとしても、あれほど無遠慮に足音を響かせて近寄ってくる者がいて
それに気づかず眠り続けられるような男ではない。
これはもう、魂に染み付いてしまった癖のようなものなのではないかと幸村は思っている。
すでに戦とは無縁の太平の世にありながら、乱世の癖が抜けきらないというのは何とも難儀な事だと同情しつつ、
しかし幸村はそんな佐助にどこか安堵めいた気持ちも覚えるのだ。
あの頃と変わらず傍にいる。
これほどに途方もない月日が流れた今でも、まさに夢の中で言われた通りに。
あれが今わの際の自分の願いによって生み出された夢や幻であったのだとしても、
実際にこの男はこんな遥かな場所まで共に来てくれた。
ならばきっと、自分のみならず、この男も願ってくれたのに違いない。
「どこまでも共に、か」
「え、何の話?」
「いや、何でもない」
訝しげに目を開いた佐助に向けてにこりと笑みを返すと、幸村はそのままぐっと顔を近づけて
鳶色の目を覗き込んだ。
「お前が傍にいてくれて、俺は嬉しい」
「……急に何言ってんの」
すいと視線を逸らすその無表情が、実はこの男の最大級の照れ隠しであることを
幸村は数百年も前からよく知っている。
いつ終わるとも知れない長い旅路の道行きも自分さえいれば何も不足ないだろうなどと、
ある意味とても恥ずかしい台詞をさらりと口にする割に、この程度の言葉で相手を直視できないほどに照れる。
昔から変わらない。
この男、一見不遜極まりないが、存外可愛いところがあるのだ。
その可愛らしさが垣間見えるのはほぼ自分に対する時のみである、という事実も心地良い。
くつくつと笑いながら頬に触れていた手を離して立ち上がると、幸村は踵を返してキッチンへと向かう。
今日は何やら朝から気分がいい。朝食の準備くらいしてやろうという気にもなるものだ。
「道行に不足など、あるものか」

そう独りごちて部屋を出て行く幸村の背を、はっと驚いたように目を見開いて佐助が見つめていたのは
さて、何故か。





2012.01.17
移動中に携帯でぱちぱち打ってた走り書き小話。
おそらく「アイビー」の奴らと同じ設定です。