闇の名残

戦国basara/真田主従。相変わらずの短文


その影は、かつて人間であったものだと言った。

折角の連休を家の中で過ごすのも勿体無いので気ままな一人旅に出た。
その旅先で偶然みつけた古びた石段。
それを上っていった先に見つけた神社だか寺だかの片隅にそれはいて、鬱蒼と茂る木々の中、
燦々と降り注ぐ日の光を厭うかのようにそこにあった。
俗に言う霊感とかいうものが備わっているらしい私は、幼い頃からこうしたものをよく目にしていたが、
今目の前にあるこの影は、今まで見てきたどんなものよりも暗く冷たく澱み、そして悲しげだった。
姿は見えない。
取り巻く闇があまりに深過ぎるからだ。
時折揺らぐように浮かぶ輪郭から、どうやら今も人の姿をしているものと推測する。
しかし、それほどの闇を纏っていながら、不思議とそれから禍々しさは感じられなかった。
ただただ、ひたすらに悲しい。
これは影から伝わってくる感情なのだろうか。

その姿があまりに痛ましく見えたものだから、私はよくないこととは思いつつも何をしているのか問いかけた。
すると影は、主を待っているのだと答えた。
男の声だった。
声は淡々と語った。
遠い昔、非力さゆえに守りきれなかった己の唯一無二。
その人が再び戻って来るのをただひたすらに待ち、気が遠くなる程に焦がれながら時を過ごす内に
こうしていつしか人でなくなってしまっていたのだ、と。

なんと切ないことだろう。
この影はそうして、いつとも知れぬ昔から、苦しみだけを胸にこうしてここに在り続けているのだ。
すでに戻らない面影だけを探し求め、通り過ぎた過去にひたすら目を凝らし、
心に残された深い傷だけが唯一の寄る辺だとでもいうように。
慟哭すら忘れた魂の成れの果て。
知らず、私は涙を流していた。
この影への哀れみだろうか。
あまりに胸が痛く、もうそれが自分の感情なのか、それとも影の感情なのかも判別できなかった。
出会えるといいですね、と私は言った。
返事はなかった。
そうして私はその影に背を向け、来た道を戻り始めた。
石段へ差し掛かる直前、一度だけ振り向いてさようならと告げると、
僅かに影が揺らいだようだったが、やはり返事はなかった。
私は、泣きながら石段を下りた。


その場所を離れて暫くしても、私の涙は止まらなかった。
どうやらこれは、あの影の感情に同調しただけのことではないらしい。
哀れみではない。同情でも恐怖でもない。
ただ、悲しかった。
あれは、救いなど求めていなかった。
ただ一人だけを求め、他の全てを拒絶していた。
安らげるとしたら、救われるとしたら再びその人と出会えたその時。
しかし、そんなことは絶対に有り得ないのだ。
過ぎていった人は二度と戻らず、全く同じものなどこの世には一つも生まれない。
あれは、闇の中に失われた面影を追い求め過ぎて、きっと光を失ってしまったのだ。
その目は現在も未来も向くことはなく、もう過去しか映さない。
私を、映しはしない。



あれを、「今の自分では」救えない。



ふと過ぎったその言葉はとりとめのない思考の渦にすぐ掻き消えてしまったが、
身を切り裂くような悲しみは暫く消えてくれそうにはなかった。



201003.19
戦国BASARAで真田主従です。
このお短文の中の「私」=旦那です。が、記憶もないのでほとんど別人。
旦那は男のつもりで書いてますが何でもいいです。雰囲気で。
相変わらず救いようがなくってごめんなさい。