黄龍さんと玄武さん

九龍/黄龍編/如月とひーちゃん走り書き


「実際、よくやっていると思うよ」
色気も風情もないガラスコップに注がれた日本酒を一口分喉に流し込み、
骨董品店の店主は目の前の青年をそう評した。
自分なら3日で根を上げているだろうと呆れ交じりに感心する。何しろ。
「この年齢でまた制服着込んで高校生、だなんてね」
学生服というのは不思議なもので、つい前日までごく普通に着用していたはずでも
卒業式の翌日から途端に袖を通すことに大きな違和感を覚えさせる。
つい昨日までの自分にとっての普段着が、たかが一晩でコスプレ衣装になってしまうのだ。
その違和感は恐らく己の心の内から来るものなのであろう。
つまり、周りがどう思おうと自分自身がなんだかやりきれない。
端的に言うなら恥ずかしすぎてやってられない。
それを目の前の男ときたら、もう高校卒業などとうの昔の話だというのに
何の手違いか運命のいたずらか(実際はその両方なのだろうが)、
今現在もこの学生寮の一室で学生服をだらしなく着崩して、
同じく色気のないガラスコップに注がれた日本酒を結構な勢いで飲み干しているのだった。
「仕方ないだろ、何かそういう流れだったんだから」
さして困っている風でもなく、しかし常よりは多少疲れた面持ちで
20代の現役高校生は空になったグラスをずい、と目の前に座る旧友に差し出した。
そのグラスに骨董屋の店主が一升瓶から注ぐのは、慰労の為に持ち込んだ純米大吟醸。
店主が最近特に気に入りの酒蔵のもので、本来こんな飲み方をするのは失礼なほど良い酒だが、この際仕方がない。
今日、店主はこの旧友の愚痴を聞きにやってきたのだ。
相手の好きにさせてやるのが一番だろう。

仕事の一環として行っているウェブショップを利用した客に妙な違和感を覚えたのは10日前。
実際注文の品を届けにやって来て、現在エジプトにいるはずの懐かしい旧友と対面したのは9日前。
事情を聞いてみると些細な勘違いによって起こった馬鹿馬鹿しい出来事ではあったが、
どうもそう簡単に手放し抜け出せる状況でもないようで、
店主の旧友こと緋勇龍麻は、20代にして再び高校生活を送る羽目になっているのだった。
「相変わらず君は面倒見がいいというかお人よしというかおせっかいというか」
「あんまり褒めるなよ照れる」
「褒めてない。……どうしてこう、厄介ごとに巻き込まれてばかりなんだろうね」
溜息をついて、店主は再び手にしたグラスから酒を一口飲んだ。
「そういう星回りなんじゃないか?」
と言ってへらりと笑う龍麻に、思わず2度目の溜息がこぼれる。
「心配する方の身にもなってくれ」
その店主の言葉に驚いたように目を丸くした龍麻は、何だか妙に嬉しそうな顔で
「悪い」
と一言だけ謝って再び結構な勢いでグラスの中の日本酒を飲み干した。
そして、空になったグラスを弄びながら窓の外を眺める。
「大丈夫。ここの子達は皆良い子で好きだけど、お前達とは違うから」
「どういう意味だい?」
龍麻の目は相変わらず窓の外に広がる闇を見ている。
その向こうにある校舎を、見ているのかもしれない。
問いかける店主へ視線を向けないまま、龍麻はさっぱりとした口調で言い切った。

「助けはするし力にもなるけど、命は懸けないってこと」
だって、多分俺がここにいるのは何かの間違いだからね。
あの子達のために命を懸けるのは俺じゃない誰かの役目だ。
だから俺は大丈夫。

妙に自信満々に言い切るものだから、店主が思わずその自信の根拠は何だと尋ねると
「黄龍の勘」とだけ答えた。
全く、この男が言うと冗談にもならない。
この男がそう言うからにはきっとそうなのだろう。
納得はしたものの、何故だかどうにも脱力してしまって
如月骨董店の若き店主は本日3度目の溜息を零した。

「でも一応壬生には連絡を入れておいたからね。きっと近い内に飛んで来るよ」
「げ、お前なんて事すんだよ!」



ささやかに、密やかに、けれど和気藹々と夜は更けていく。


2010.03.11
亀忍者と黄龍しか出てこないけど根底は壬生主です。
剣風は常に根底に壬生主。
しかし恐らくこの時点でも双方向片思いでひとつ。
そしてらくがき漫画に続く。
あっちで「どうしてここわかった?」と聞いているのは何となく微妙な心情のワンクッションです。
わけがわからない。
書いてる本人すらわからない。