化学反応

九龍/葉佩と八千穂。捏造ネタバレどんと来いな方のみどうぞ


その転校生は、一見どこにでもいる感じのごく普通の少年だった。
3年生のこんな時期の転校に「事情があるにしても大変だな」という印象は持ったものの、
その程度のことは八千穂にとって大した謎でも何でもなかった。
そもそもこの学園は転校生が多い。
新しく赴任してくる教員も同じくらい多い。
その分、学園を去っていく生徒や教師も多いのだけれど、
それはもう入学当初から当然の事になっていたので今や特別な疑問を抱きはしなかった。

変わり映えなく、ごく平凡に過ぎ行く日常の一環。
それでも心の片隅に何かが引っかかったように感じたのは、
新しく来た転校生のその目の輝きが今まで見てきた誰のものとも違う気がしたからだ。
その日の午前中は雲ひとつない快晴で、
眩しい朝の陽射しが窓から差し込んでいた所為かも知れない。
その光が、どこにでもあるいかにも日本人らしい黒い瞳に
一瞬きらりと宝石のような光をこぼしただけなのかも知れない。
それでも八千穂は反射的に、勢いよく手を挙げて立ち上がったのだ。

「はーい先生、あたしの隣が空いてまーす!」




思い切って休み時間に話し掛けてみても、やはり彼は極普通の少年だった。
西の地方の訛りが入った喋り方はそれなりに特徴的ではあったが、
この学園には全国から生徒が集まっているのでこれもそう珍しい事ではない。
ちょっと面白い言葉使いの、仲良くできそうなタイプの明るい男の子。
ありふれた日常にすんなり馴染む存在。
そんな、ある意味あまりにも普通過ぎるイメージ。
それが微妙に崩されたのは、学園内を案内して回りながら
何気なく寮の裏手にある墓地についての話をした時だ。

(あ、やっぱり)

そう思った。
その話のどこに反応したのかはわからないが、
それでも確かに一瞬、転校生の双眸がきらりと輝いたのだ。
八千穂はきらきらピカピカするものが好きだった。
化学実験の器具にまで興味を向け愛でるその目が、
たとえ一瞬であろうとその光を見落とすはずがなかった。
この人は今までの人とは何かが違う、という確信。
きっとこの転校生は何かしでかしてくれるに違いない。
そんな予感に八千穂は胸を躍らせた。




かくして転校生は、その夜早々禁忌とされる墓場に奇妙な出で立ちで姿を現し、
散々問い詰めた結果、己の素性を「トレジャーハンターだ」と明かした。
そして、彼と共に墓地の下に広がる遺跡を巡るという非日常的な毎日が始まった。

たった一人の、一見極普通の少年。
「宝探し屋」などという仰々しい肩書きさえなければ、
一見どころか本当に何の変哲もない高校生男子、葉佩九龍。
しかし彼は確かに異質な存在だったのだ。
その証拠に、彼がこの学園にやって来たその日から
この小さくも意外な深さを隠していた世界は、彼を中心に緩やかな変貌を続けている。

(まるで化学反応みたいだよね)

ピカピカと可愛らしい実験器具を眺めながら八千穂は思う。
その化学変化の果てに出来上がるのは、果たしてどんな新しい世界だろう。
難しい事はよく分からないけれど、
無色透明の液体が鮮やかに色を変えるような、眩しい銀色の光がはじけるような、
そんな素敵な事が起こればいいのに。

「はい、それじゃ今日はここまで。使った器具はちゃんと片付けてね」

チャイムが鳴り、とりとめのない思考を中断する教師の声が響く。
ポンと肩を叩かれて振り向いた八千穂の目に、
「やっちー、早く片付けて皆守とか七瀬誘って昼飯行こーや」
と、からりと笑いかける顔が飛び込んできた。
本日も快晴。
空には翳りひとつなく、窓から降り注ぐ太陽の光も白く澄んでいる。
その眩しさを反射して、目の前の少年の細められた瞳が
まるで燃えるマグネシウムのように強く光った。





2005.02.03/2007.09.08/2009.04.23一部修正